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ドイツのリースリング

Hochheim a/M (Ludwig Rohbock / Julius Umbach)
Hochheim a/M (Ludwig Rohbock / Julius Umbach)


                                 江戸西音

 《リースリングは代表品種》

  私が初めて飲んだドイツワインはリースリングで、1972年9月のことであった
 から、今年で30年の愛飲歴となる。生産量はイタリアやフランスのそれと比べれ
 ば5分の1ほどしかないが、ドイツワインの世界は極めて広大である。間口は広く
 奥も深い。近来のワインブームで消費者のワインへの関心が高まり、ソムリエの
 活動も注目されているが、ことドイツワインについては依然として関心が低い。
  ドイツワインに関する情報が少なかったので『ドイツワイン全書』(1985年、
 柴田書店)を出し、その後、情報だけでは意味がないと株式会社ワイナックスを
 設立(代表取締役、星野和夫は筆者実名)、高級ドイツワインの輸入を始めた。
 当時、デパートや酒屋のドイツワインの品ぞろえは寂しく、品名の表記はしばし
 ば不正確であった。そこで辞典のように利用できるポケットガイド『ドイツワイ
 ン』(1991年、鎌倉書房)を出した。これがどの程度役立ったのか分からないが、
 このころ、かつてのようなひどい表記がなくなったのは前進だと思える一方、ド
 イツワインが未だに充分理解されないままであるのは誠に嘆かわしい。
   俗に氷山の一角というが、ドイツワインは、一部が海面上にあり、大部分が海
 面下に隠れたままである。ここにおいしいところがいっぱいあるのに残念なこと
 である。リースリングは、少なくともドイツワインの多数の品種のなかでは海面
 上の部分にあり、一番注目されているといえる。しかし、ドイツワインはリース
 リングに限るなどと簡単には片づけられない。その作付け面積は全体の約22パー
 セントに過ぎず、残りはほかの品種である。リースリングはチームのキャプテン
 であり、重要なポジションにあるが、ほかの選手も重要なのである。寿司でいえ
 ば、トロかもしれないが、ほかのネタも食べてこそ寿司を楽しむことができるよ
 うなものである。というわけで、リースリングがドイツワインのすべてではない
 が、最も重要な代表品種であることは間違いない。
 
 《各地のリースリング》
 
  リースリングを含めて、日本におけるドイツワインのイメージは、今もなお30
 年前と変わっていないように見える。シュロス・ヨハニスベルガー、シュタイン
 ベルガー、シャルツホーフベルガーなど幾つかの有名ワインのほかに、リープフ
 ラウミルヒやシュヴァルツェ・カッツなどの量産ワインがドイツワインとして知
 られているだけである。味の傾向も飲みやすい甘口系と盲信されているが、ドイ
 ツ国内では辛口系が主流であり、赤ワインでもフランス産やイタリア産に比肩し
 得る優秀なものが生産されるようになってきている。最近では実に総作付け面積
 の4分の1を赤ワインが占めており、有望な新品種も開発されている。このあた
 りの事情については、機会があればいつか述べることにして、リースリングに話
 を戻そう。
  ドイツのリースリングワインは、ほかの白ワイン品種と同様、緑色のボトルの
 モーゼル産と茶色のボトルのライン産が主に知られている。このほかにも、バー
 デンやフランケンなどにも興味深いリースリングワインがある。
  ドイツの13あるワイン生産地では、さまざまな葡萄品種が栽培されており、そ
 れらの作付け面積比率は各生産地で異なる。モーゼルでは、リースリングの作付
 けが全体の約55パーセントほどあり、これは全ドイツ(22%)の倍以上で、いかに
 同地でリースリングが重要であるかが分かる。これまでモーゼルと略して呼んで
 きたが、正式な産地名称はモーゼル・ザール・ルーヴァーである。ザールとルー
 ヴァーはモーゼルの支流で、特にザール産は「ザール・リースリング」と、ほか
 のモーゼル産と一線を画して呼ばれることがある。ドイツでは各生産地で各等級
 (例えばカビネット、シュペトレーゼ、アウスレーゼなど)に要求される原料葡
 萄の最低糖度が異なり、モーゼルではこれが低めである。搾汁の含む糖分のほと
 んどを発酵させることにより、シュペトレーゼの辛口(トロッケン)やときには
 アウスレーゼの辛口も造られる。アウスレーゼの辛口というと意外に思うかもし
 れないが、珍しいことではない。ただ、ほとんどの糖を発酵させると、結果とし
 てワインのアルコール度は高くなる。こうしてできたモーゼル産リースリングの
 辛口は、その強めの酸味故に日本人の食と嗜好に向かない場合が多い。よく「ド
 イツの辛口リースリングは酸っぱいだけだ」という人がいるが、それはこの種の
 ワインであったに違いない。しかし、これがドイツで食事をするときに結構おい
 しく飲めるのは、やはり食の差、風土の差であろう。
  ライン産は、ラインガウ、ラインヘッセン、プファルツのいずれも茶色のボト
 ルに入っている。ラインガウは、リースリングの作付けが全体の80パーセントほ
 どもあり、リースリング以外はワインでないような風潮さえ感じられる。有名な
 ワイン生産者が多く、古くから日本でも知られている。日本ではドイツワインは
 リースリングだと盲信している人が多いのは、主にモーゼルやラインガウなど、
 とくにリースリングに専念している生産地のワインが古くから輸入されてきたた
 めでもあろう。やはり強い酸味のために、日本では中辛系から甘口系のワインに
 人気がある。
  モーゼルやラインガウの優良畑は急斜面に多いが、ラインヘッセンやプファル
 ツでは、ほとんどの畑が平地にあり、低コストでのワイン生産が可能である。味
 わいは簡単には言い表せないが、あえて傾向的に表現すれば、ストレイトなモー
 ゼル産、パワーのあるラインガウ産、コクがあるプファルツ産となる。
  さて、隠れた存在ながら、興味深いのがバーデンとフランケンのリースリング
 である。バーデンはモーゼルと同じくらいの総作付け面積がありながら、リース
 リングは全体の9パーセントほどと非常に少ない。従ってワインの入手は容易で
 はないが、他産地のものより酸味が少なめでアルコール度が高いため、辛口ワイ
 ンでも飲みやすい。フランケン産は、さらに少ないながら魅力的である。フラン
 ケンはモーゼルのほぼ半分の作付け面積しかなく、ミュラー・トゥルガウとシル
 ヴァーナーで全体の3分の2を占める。リースリングはわずか4パーセントほど
 で非常に希少である。とくに有名な生産者の優秀なリースリングワインは入手が
 極めて困難だが、その味わいは特筆に値する。貝殻石灰質の土壌が、しつこくな
 く味わい深いボディをワインに与える。酸味もモーゼルやラインガウのものより
 少なめで、辛口ワインでも若いころから飲みやすくエレガント。モーゼル産、ラ
 イン産とともに3大リースリングと呼ぶに値するし、量の少なさからいえば、極
 めて貴重なものである。
 
 《リースリングワインの味わい方》
 
  こだわりのある高級ワインは、飲み方が重要である。日本ではビールでもワイ
 ンでも冷やし過ぎる傾向がある。なかにはグラスまでも冷凍室で冷やしてビール
 を供する店もあり、これではビールの味わいが感じられない。高級ワインではな
 おさら、香りが出てこないうえ、舌が麻痺して味わうこともできない。あるレス
 トランで、なぜそんなに冷やすのか尋ねた際、リースリングは酸味がきつく、強
 めに冷やさないと酸味が突出して飲めないからだという話を聞いたことがある。
 もしそうなら、そういうワインは初めから採用すべきではないのである。舌が麻
 痺した状態でしか飲めないワインとは、なんと情けないことか。サマーワインの
 ようにきりっと冷やしてのむとよいものもあるが、高級ワインを飲む場合、通常
 は10〜12度くらいが適している。5年から10年の充分な熟成期間を経たシュペト
 レーゼ、アウスレーゼ級のワインでは、さらにやや高めの12〜15度でも味わい深
 く、ものによっては赤ワイン同様に室温でもおいしいというのが私の持論である。
  ドイツワインは、一般的に若いうちに消費されてしまうことが多い。フレッシ
 ュ&フルーティというのがうたい文句になっている。フレッシュなワインでもお
 いしいし、ワインセラーもないから、何年も寝かせてから飲むなど到底できない
 というのが常であろう。しかし、カビネットでもそれなりの素質を有するワイン
 は、4、5年くらい寝かせると、フレッシュさは失われるが、熟成による落ち着
 きとエレガンスが現れてくる。シュペトレーゼでは5年から10年、アウスレーゼ
 では10年以上で魅力が増してくる。ドイツでも辛口ワインは4、5年以内で飲むべ
 きといわれているが、酸味が強いモーゼルの辛口ワインでは、4、5年経過して初
 めて、酸味の角がとれて味わえるものとなる場合が多い。素晴らしい素質をもっ
 たワインが、充分な熟成期間を経ず、真価を味わえる状態で飲まれることが少な
 いのは、誠に残念なことである。特にリースリングは、そのしっかりした酸味故
 に、長期熟成に向いた品種で、モーゼル産リースリングの甘口系アウスレーゼな
 どには、4、50歳のものでも、20歳くらいに思えるという、人間ならうらやましい
 限りの特質を持つワインがしばしばある。4、50年前のワインを味わう機会はめっ
 たにないと思うが、そういう味わい方ができるのもドイツ・リースリングなので
 ある。よい年のアウスレーゼ以上のワインなら、60歳や70歳の誕生日に誕生年の
 ワインで乾杯することも可能である。不作の年もあるから、そういうワインが見
 つかる人は幸いである。
  私の企画で1999年大晦日、ホテル・オークラで催した「2000年を迎える会」で
 はヴィンテージ1945、1937、1921などのリースリングを楽しんだあと、2000年午
 前0時に1900のトロッケン・ベーレンアウスレーゼで乾杯した。このときの感動
 は誠に筆舌に尽くしがたいもので、会に参加された方々は皆、ドイツ・リースリ
 ングの偉大さに衝撃を受けたのである。

『ヴィノテーク』、2002年8月号より転載

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